『サマーバケーションEP』古川日出男

サマーバケーションEP

サマーバケーションEP

井の頭公園から生まれた神田川の、終わりを目指して歩く夏休みの話。
びっくりした。
え?これって、デジャブ。
まったく同じルートで、吉祥寺から遊歩道をえんえんと歩いたことがあったから。
それは夏ではなかったけれど、ぽかぽかといい陽気だった気がする。吉祥寺で待ち合わせをした人に、この後渋谷へ行くのだと告げたら、じゃあ、歩こうかと言われた。もう5年も6年も前の話。「渋谷まで?」とびっくりしたら、「歩けるところまで」というので、ふらふらと歩き始めた。公園を抜けて、三鷹台を越えて、家の裏っかわにあいた穴みたいな遊歩道をてくてく歩いて。ところどころで井の頭線と出会って、また離れて。そんな風にてくてくと歩きながら、私たちは何を話していたんだろう?もう記憶はあいまいだけれど、高井戸の煙突を見て「煙突!いいねー煙突!」とはしゃいだ私に、「それって欲求不満?」と笑いながらつっこまれたのはよく覚えてる。なんだその突っ込み。結局、私たちの長い散歩は時間切れで高井戸駅で終わった。あんまり歩いて疲れたので、ミスタードーナッツ(物語の中でも、みんなが高井戸のミスタードーナッツで休息をとるシーンがあって、私の記憶が捏造なのか?と一瞬戸惑ってしまったくらい)であまあいドーナッツを一つずつ買って食べた。何だか、とても話し足りていないような気がした。こんなこと話したかったわけじゃない、と思った。でも結局、私はあードーナッツうまー!今度は渋谷まで歩こうねー!とかそんな当たり障りのないことを言って、井の頭線のホームで別れた。ような気がする。
一緒に歩いた人とは、もう数年会っていない。幾度か会おうと連絡をもらったけれど、たまたま忙しかったり、たまたま電話をとりそびれたりしているうちに、数年がたってしまった。数年がたってしまったので、なんだかもう会いたくないような気持ちがしてきてしまった。会ったら、きらきらしたあの日の思い出が、ちょっとくすんでしまいそうで。
というふうに書くとすごくセンチメンタルなのだけれど、実際のところは単に私が臆病なだけなんだろう。